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「人身傷害補償保険」の支払い額に大差(2006年7月)

人身傷害保険の多額な不払い問題|0円回答が→6000万円

「週刊朝日」(朝日新聞社)2006.7.28号
自動車保険「人身傷害補償保険」の支払い額に大
あいおい損保の「超」払い渋り
他社が3600万円のケースで0円の回答

取材・文/柳原 三佳

「お客様ご自身の過失をカバーします!」そんな売り文句で登場した自動車保険の「人身傷害補償保険」。保険料を上乗せしても安心を得たいというユーザーの心をつかみ、今や自動車保険の主要商品となっている。ところが、あいおい損保が、契約時のセールストークとかけ離れた支払いをしている実態が明らかになった。

任意の自動車保険に入っているドライバーなら、「人身傷害補償保険」という名前を聞いたことはないだろうか。自動車運転中の事故だけでなく、同乗中、歩行中などさまざまな事故で、「本人の過失割合にかかわらず補償してくれる」という、新しいタイプの保険だ。この保険について、国内大手損保6社に、同じ事故のモデルケースを示して、保険金をいくら支払えるかと同じ質問をしてみた。その結果は、驚くべきものになった。

東京海上日動など5社が基本的3600万円支払う」と回答したのに対し、あいおい損保1社だけが「支払いの対象とはならない」、つまり「0円」と回答してきたのだ。人身傷害保険は、個人向け保険の場合、会社が違っても保険料率や約款はほぼ同一だ。それがなぜ、支払い時にこれだけの差が出るのだろうか。そもそも人身傷害保険は、1998年、東京海上(現・東京海上日動)が、「契約者の過失をカバーする完全補償型保険」と銘打って、業界で初めて発売を開始した。

当時、この保険の開発に携わった東京海上の担当者は、筆者が97年に本誌で連載した、「こんな自賠責保険ならいらない」という告発ルポが商品開発のきっかけのひとつだったと話してくれた。このルポは、「死人に口なし」とばかり死亡した側に過失が押しつけられ、自賠責保険すら受け取れない被害者が多数いることを問題にしたものだった。それが人身傷害保険の登場によって、過失があるとされた場合でも、とりあえず自分がかけている自動車保険会社から保険金を受け取ることができる、まさに業界初の「完全補償型」保険であるというのが、担当者の説明だった。

この保険はたちまち人気商品となり、他社も「右に習え」とばかり「過失分を補填する保険」をセールスポイントに、「人身傷害保険」という名の商品を販売し始めた。実際に、訴訟にならず、当事者間の話し合い(示談)で解決した場合も、双方で取り決めた過失割合が適正であれば、ほとんどの会社は約款どおり自社の基準で損害額を算定し、契約者の過失分を補填している。

ところが、あいおい損保だけは、この保険の支払いに際して、「過失の補填」を認めないというのだ。同社はモデルケースで保険金を支払わない理由について、こう回答してきた。「人身傷害保険(人傷)は、約款に定められた基準に従い損害額を算定し、そこから、被保険者が加害者側(自賠責保険含む)から受けた賠償額(予定額を含む)を差し引いた額を補償する保険。なお人傷における支払額は保険金額が限度となる」つまり、今回のモデルケースの場合、自社で積算した損害額(1億2千万円)が相手からの賠償受領額(1億4千万円)を下回ったため、支払い対象とはならないという考え方だ。

パンフレットは全額補償と明記

そもそも、今回の調査のきっかけは、複数の交通事故被害者からの「保険が支払われない」という訴えだった。その一人であるAさん(事故当時19歳)のケースはこうだ。乗用車の助手席に乗っていたAさんは、運転者が起こした自損事故によって脊髄を損傷。腰から下が完全に麻痺するという重度の後遺障害(労働能力喪失100%後遺障害1級)を負った。民事裁判の判決で、逸失利益、慰謝料、介護料など、約2億円の損害が認められた。しかし、被害者であるAさんにも、シートベルト不着用など30%の過失があるとされ、加害者(運転者)側から30%(約6千万円)減額された約1億4千万円の賠償金が支払われた。Aさんはあいおい損保の人身傷害保険に契約していたため、判決が確定した直後、同社に過失分の支払いを請求した。ところが、同社は「支払えない」と回答。Aさんの代理人に送った回答には、次のように明記されていた。

「人身傷害保険は、対人賠償による過失相殺額を補填するものではありません」

Aさんの母親は憤りを隠せない様子で語る。「当時、うちの車が契約していた人身傷害の保険金額は3千万円でしたが、1級傷害に認定された場合、限度額は2倍の6千万円に引き上げられると明記されていました。ですから、息子の過失分はほぼ人身傷害保険で補填できるのだろうと安心していたのです。契約のときには過失をカバーするとはっきり説明を受けたのに、なぜ払えないのか。説明もないまま2年以上も放置されてしまいました」実は、今回の損保会社への質問は、この事故をモデルに、契約者であるAさんにいくら支払われるかを、6社に尋ねたものだった。

その結果、あいおい以外の各社は、この保険の約款で規定されている通り、各社の基準によって算定した損害額(1億2千万円と想定)の30%である3600万円を支払う、と回答した。Aさんのような重度障害を負った被害者にとって、あまりに深刻な差異ではないか。実は、損保ジャパンも当初、質問に対して、あいおい損保と同様、自社の算定した損害額が上回った際に支払うという考え方から、「支払いの対象にはならない」と回答した。が、5日後に広報室が回答を変更。「実務上は裁判所の損害認定額を尊重している」として、支払額を裁判所が認定した損害額からの減額分「6千万円」に大幅に訂正してきた。そこで再確認をすると、「基本は3600万円。6千万円の場合もある」とのこと。しかし、最初の回答から見るかぎり、過去に「0円」で処理されたケースもあるのではないか?そう質問してみたところ、やはり、「ないとはいえない」という曖昧な回答が返って来た。

損保ジャパンの契約者も、過去に人身傷害保険金の請求及び支払い漏れなどがないか、確認が必要だろう。では、あいおい損保は、他社と違って人身傷害保険が「過失部分を補償する保険ではない」ということを契約者に説明しているのだろうか。いくつかの窓口で調べてみた。

まず、あいおい損保の親会社でもあるトヨタ自動車系列の、大手販売店を訪ねた。ここでは、あいおい損保と、東京海上日動、損保ジャパン、三井住友海上の4社の保険を扱っていた。窓口で対応した営業社員に各社の違いを聞くと、こう説明した。「新車の販売時におすすめしている個人向けのスタンダードな自動車保険のセット商品には、各社とも人身傷害保険が組み込まれていますが、保険料も補償内容も商品内容もほとんど同じだとご説明しています」「各損保会社の営業担当の説明に基づき、どの社の商品も過失を補填する保険だと説明しています。支払い基準に差があるという話も聞いたことがありません」

このとき手渡されたあいおい損保のパンフレットには、円グラフの図解入りで、「相手とご自身の過失割合が60:40、ご自身の総損害額が仮に5000万円であった場合」「あいおい損保が5千万円全額補償」と明記されている。これを見れば、誰しも相手からの賠償額にかかわらず、過失が補填されると認識するだろう。

会社の内部でもちぐはぐな説明

ちなみに、前出のAさんも、トヨタ系列の販売店で車を購入した際にあいおい損保の自動車保険を勧められたという。また、パンフレットに保険の問い合わせ先と書かれていたIOI倶楽部にも電話をして尋ねてみると、「過失を補填する保険で、他社の商品内容ともほとんど同じ」と説明した。

保険会社が算定した損害額が賠償受領額を下回るケースについても聞いてみたが、「過失分は支払い対象」と、はっきり答えた。そこで再確認のため、あいおい損保本社の商品開発部で説明を聞いた。するとここでも、「人身傷害保険は過失を補填する保険です。ご質問いただいたモデルケースの場合でも、訴訟前に当社に請求していただければ、支払い対象になります」という。いずれも、広報が損害調査のセクションに確認して回答してきた内容と、根本的に異なっていたのだ。同社内部で人身傷害保険についての認識が一致していないのか。それとも、契約するときは「払えます」と説明し、実際に請求すると、「払えない」と認識を変えているというのだろうか。いずれにせよ、これでは「悪徳商法」といわれても仕方がないだろう。

交通事故を専門に手がける東京の古田兼裕弁護士(交通事故弁護士全国ネットワーク代表)は、同社の姿勢を厳しく批判する。
「あいおい損保における人身傷害保険の支払い拒絶は、単なる間違いや誤解ではなく、会社としての組織的な対応だと思います。私は同様の訴訟をいくつも抱えていますが、あいおい損保だけは被害にあった契約者に対して、例外なく『過失を補填しない』と回答してきます。なにより問題なのは、営業の現場で払うといっておきながら、実際には支払わないという現実。これは保険業法に違反する可能性が極めて高いといえるでしょう。私の依頼者の中にも同様の説明を受けた人が複数いますが、代理店や営業社員の説明内容を信用できない保険会社というのは論外です。かかる事態は金融庁も放置することはできないでしょう」

あいおい損保の無法な行動は、対「契約者」にとどまっていない。今年5月、横浜地裁はあいおい損保の立証活動を、「社会通念上認容される限度を超えた不相当な行為」と批判し、被害者への慰謝料を懲罰的に増額する内容の判決を下した。あいおい損保が依頼した調査会社は、撮影禁止の保護施設内で被害者の行動をビデオで隠し撮りしたり、被害者の家の室内を玄関先から無断で撮影していたというのだ。万一、加害者になったとき、自分の契約している保険会社が被害者にこうした対応をとったら……。そんな想像をしただけでぞっとする。契約者のみならず、被害者への支払いを抑えるためには手段を選ばない同社の体質も、厳しく糾弾されるべきだろう。

今年になって、損保ジャパンや三井住友海上が、保険金の不払いなどにより金融庁から業務停止命令を受けている。だが、1件あたり数千万円にも及ぶ不払い金額や販売方法からすると、今回浮上した問題のほうが相当悪質だといえるのではないだろうか。

古田弁護士はこうも語る。「あいおい損保の自動車保険契約者は、同社はいざというとき人身傷害保険を支払わない会社であるという認識を持つべきです。ほぼ同じ保険料を払いながら、補償の範囲が他社と比較して極めて狭いという事実に注目すべきでしょう」

金融庁はこの問題をどう捉えているのか。本誌の調査結果とともに、見解と今後の対応について、監督局保険課に尋ねたが、締め切りまでに回答はなかった。自動車保険に加入しているドライバーは、とりあえず、自分の自動車保険証券をチェックすべきだろう。この問題について行政はどのような対応を取るのか、また、あいおい損保や大株主のトヨタ自動車は、Aさんのような既契約者に対し、今後どのようなフォローを行うのか。引き続き取材を続けていく。

■後日談として
『当初、「0円」と回答していたあいおい損保は、この記事が出た数ヵ月後
被害者に6000万円を振り込んできました。』

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